2008年01月30日

歴史

明太子の歴史をさかのぼると、スケトウダラを加工して食べる食文化(明太子の事)は、朝鮮半島で17世紀ごろには広まっていた。
語源は中国にまでさかのぼれるが、朝鮮語でスケトウダラのことを「ミョンテ」と言い、朝鮮の漢字語で「明太魚」、「明太」と表記することから。
朝鮮半島ではその「塩漬け」もつくるが、それが北九州・山口地方へ伝わったといわれ、輸入品であった「明太(スケトウダラ)」もその「塩漬け(たらこ)」も、この地方では古く江戸時代から『めんたい』と呼んでいたらしいと言われている。

戦前の国鉄が下関と当時日本領であった朝鮮(現 韓国)の釜山との間を運行していた関釜連絡船で、明太の卵巣の辛子漬け(「明卵漬(ミョンナッジョ)」)が昭和初期から下関へ輸入された。
これは唐辛子やニンニクでまぶした「キムチ」に近いもので、下関では日持ちをよくするために唐辛子をまぶす再加工をしていたらしく、「まぶす」タイプの輸入再加工した戦前の『からしめんたい』といえる。

辛子明太子の名が広く一般家庭にまで知られようになったのは、1975年(昭和50年)に山陽新幹線が博多駅まで開業した影響が大きく、辛いものブームの追い風もあり急速に全国へ波及した。
1980年代には土産物の販売ルート以外に百貨店・量販店でも販売され、現在はファミリーレストランチェーン・コンビニエンスストアでメニューやおにぎり・パスタの具として広く利用・販売されている。

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タグ:歴史
posted by めんたいこ at 15:26| Comment(44) | TrackBack(3) | 明太子の歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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